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カルシウムポンプ蛋白質のゲートの開閉機構を解明(プレスリリース)

公開日
2004年09月30日
  • BL41XU(構造生物学I)
  • BL44XU(生体超分子複合体構造解析)
東京大学・分子細胞生物学研究所のチームは、構造生物学 I ビームラインと生体超分子複合体構造解析ビームラインを用いて、カルシウムポンプの二つの反応中間状態の立体構造を決定し、カルシウムイオンが運搬される側のゲートが開閉され、ポンプ蛋白質中に閉じ込められたカルシウムイオンが運搬される機構を解明することに世界で初めて成功した

平成16年9月30日
東京大学
(財)高輝度光科学研究センター

 東京大学・分子細胞生物学研究所 豊島 近教授、野村博美技官(現在自然科学研究機構生理学研究所)、津田岳夫助手はSPring-8共用ビームラインBL41XU(構造生物学 I ビームライン)と大阪大学蛋白質研究所ビームラインBL44XU(生体超分子複合体構造解析ビームライン)を用いて、カルシウムポンプの二つの反応中間状態の立体構造を決定し、カルシウムイオンが運搬される側(小胞体内腔側)のゲートが開閉され、ポンプ蛋白質中に閉じ込められたカルシウムイオンが運搬される機構を解明することに世界で初めて成功した。
 この研究の詳細は英国科学雑誌NatureにArticleとして発表され、印刷に先立って9月26日にオンライン版が公開された。

(論文)
"Lumenal gating mechanism revealed in calcium pump crystal structures with phosphate analogues"
(日本語訳:燐酸類似物を結合したカルシウムポンプの結晶構造によって明らかにされた内腔側ゲートの開閉機構)
Chikashi Toyoshima, Hiromi Nomura and Takeo Tsuda
Nature 432, 361-368 (2004), published online 26 September 2004.

 細胞の内外でのイオン(ナトリウム、カリウム、カルシウム等)の濃度は大きく異なっている。生体は、そのようなイオンの濃度差を信号の伝達に使っており、たとえば、筋肉の収縮は筋小胞体と呼ばれる袋に貯えられたカルシウムイオンが、筋肉細胞中に放出されることによって起こる。そのようなイオンの濃度差を作り出しているのは、イオンポンプ1)と呼ばれる蛋白質群であり、生体機能の維持に不可欠である。この中には、ほとんどすべての細胞に存在するナトリウム・カリウムポンプや胃のpHを調節するプロトン・カリウムポンプ、銅の排出に関係するポンプ等がある。ナトリウム・カリウムポンプの発見に対し1997年度のノーベル化学賞がデンマークのSkouに与えられたほど重要な蛋白質群である。

 ポンプ蛋白質は生体膜を貫通して存在する膜蛋白質2)の一種である。イオンの輸送のためにATP3)の化学エネルギーが使われるので、ポンプ蛋白質はATPを分解する酵素でもある。イオンポンプは、全ATPの25%を消費するといわれる。本研究で用いられた筋小胞体カルシウムポンプ4)は、筋収縮のために筋細胞中に放出されたカルシウムを、筋小胞体中に再び取り込むポンプであり、このポンプの活動によって筋肉は弛緩する。カルシウムは生体反応の制御に最も広く使われるイオンであり、カルシウムポンプは心筋梗塞やがん治療の点からも注目され、研究が進められている。たとえば、最近抗マラリア薬の標的分子がカルシウムポンプであることが発見され話題になった。

 豊島教授グループはSPring-8を用いて、この重要な蛋白質によるカルシウムのポンプ機構を追及してきた。反応サイクルは4つの基本的状態からなると考えられているが、既に、カルシウムを結合した状態(カルシウムを運搬する前の状態)、カルシウムを運搬し終わった状態(カルシウムは結合していない)、ATPを結合しカルシウムを膜内に閉じ込めた状態の立体構造をSPring-8を用いたX線結晶解析によって解明し、2000年2002年2004年にやはりNature誌上に発表し、大きなインパクトを与えた。今回の研究では、4つめの状態の立体構造を決定し、原子構造に基づく反応サイクルの理解を完結させた。

 イオンポンプには細胞質側と内腔側と二つのゲートがあり、それを正しいタイミングで開閉することによって、イオンを運搬していると考えられている。本年7月に発表した構造ではATPが結合することによって、細胞質側のゲートが閉じられる機構を示した。今回決定した構造によって、ATPがADPと燐酸に分解され、ADPがポンプ蛋白質から外れる結果、内腔側のゲートが開きカルシウムイオンが放出されること、さらに、ATPから渡された燐酸によって燐酸化された蛋白質から燐酸が外れる結果、内腔側ゲートがしまることがわかった。また、内腔側ゲートの開閉を制御しているのは、膜の反対側(細胞質)にあるドメインAで、それが10本ある膜貫通へリックスのうちの2本を遠隔制御して、ゲートを開閉している機構が明らかになった。

 ATPの化学エネルギーを利用して仕事をする蛋白質は数多いが、このように、反応サイクル全体にわたって、原子構造が明らかにされた例はほとんど無い。ポンプ蛋白質によるイオンの輸送では、ATPのエネルギー利用効率はほとんど100%であるが、どうしてそのような高い効率が達成できるのか、また、ポンプ蛋白質はその過程で非常に大きな分子運動を示すことがわかったが、どうしてそのように大きな運動が必要なのかも本研究によって明らかになった。濃度勾配に逆らったイオンの輸送(能動輸送)は、生命活動を支える本質的なプロセスの一つであるが、そのなぞが本研究によって解明されたことになる。

 このような構造研究にあっては結晶から良質の回折パターン(構造データ)を得ることが出発点であるが、膜蛋白質の結晶は一般にX線を回折する能力が低く、さらに本研究で得られた結晶の場合、分解能に比して結晶格子が大きいため、大きなX線検出器(イメージングプレート)と高輝度を兼ね備えたSPring-8のビームラインが必須であった。

 本研究は主に文科省学術創成研究費によって行われたものである。


<参考資料>

図1 カルシウムポンプの4つの基本状態の構造
図1 カルシウムポンプの4つの基本状態の構造

 


 

図2 カルシウムのポンプ機構の模式図
図2 カルシウムのポンプ機構の模式図

カルシウムの運搬に伴う構造変化は非常に複雑であり、反応が逆に進まない(戻らない)よう、随所に工夫が凝らされている。その変化の大略は以下のようである。

***********
カルシウムが無い状態(左下)では、三つの細胞質ドメイン(A, N, P)は寄り集まって、閉じた構造をとっている。M5へリックスは大きく湾曲しており、M3, M4へリックスは下に下がった上体である。
そこにカルシウムイオンが来て、ポンプ蛋白質に結合すると、M5へリックスがまっすぐになり、Pドメインが一緒に起き上がって、3つの細胞質ドメインは離れる。その結果、ATPがNドメインに結合できるようになる。Nドメインは自由に動ける。(左上)
Nドメインが傾斜してPドメインに近い位置に来ると、ATPの燐酸側がPドメインに結合できるようになる。その結果、ATPがNドメインとPドメインを橋渡し、マグネシウムイオンもPドメインに結合する結果、Pドメインは変形しAドメインとNドメインも結合する。このとき、Aドメインは30°傾斜し、M3へリックスとAドメインを結ぶループが引張られた力のかかった状態が実現される。Aドメインの傾斜の結果、M1へリックスが引き上げられ、折れ曲がって、カルシウムイオンの入り口をふさぐ。こうして、カルシウムイオンの閉塞状態が実現される。(右上)
ATPが燐酸とADPに分解し、燐酸がポンプ蛋白質に渡され、燐酸化が起こる。ADPがはずれると、Aドメインが、さきにATPによって引張られていたために、それを解消するよう水平に110°回転する。これに伴って、M1へリックスの向きが変わり、カルシウム結合部位を形成していたM4へリックスの下半分(M4L)が押され、向きが変わって、内腔側のゲートが開く。また、Pドメインが傾斜し、M5へリックスが湾曲し、M3, M4へリックスが手押しポンプのピストンのように下に下がって、カルシウムイオンを押し出す。この結果、カルシウムイオンが小胞体内腔に放出される。(右下)
Aドメインの回転の結果、Pドメインに結合していた燐酸の真上に燐酸を攻撃する水分子が固定され、燐酸がポンプ蛋白質から外れる(脱燐酸化)。この結果、Pドメインの変形がなくなり、AドメインをPドメインに引張っていたマグネシウムイオンもはずれるので、Aドメインの傾きが変わり、M4へリックスの下半分の向きが変わって、内腔側ゲートが閉じられ、最初に戻る。これが、一番安定な状態である(左下)。

 


<用語の説明>

1) イオンポンプ
光エネルギーや化学エネルギーを使い、生体膜を横切るイオンの能動輸送をおこなう酵素の総称。これらの酵素がつくるイオン勾配は、共輸送や対向輸送などによって二次的に使用されるので、一次性能動輸送系とも呼ばれる。

2) 膜蛋白質
生体膜に存在する蛋白質の総称。特に、生体膜の表面に付着しているものを膜表在性蛋白質、内部に埋もれているものを膜内在性蛋白質と呼ぶ。内在性蛋白質では疎水性アミノ酸の含有率が高く、界面活性剤で可溶化される。イオンポンプは膜内在性蛋白質である。

3) ATP(アデノシン三燐酸)
人の身体運動は、骨格筋の活動によるが、筋活動の為のエネルギーは筋中に蓄えられているアデノシン三燐酸が利用され、これが分解してADP(アデノシン二燐酸)と燐酸に分かれる時に放出される大きなエネルギーが筋肉を動かす。

4) カルシウムポンプ
カルシウムイオンを濃度勾配に逆らってATP(アデノシン三燐酸)のエネルギーを使って運搬する膜蛋白質。

 


 

 

<本研究に関する問い合わせ先>
東京大学・分子細胞生物学研究所
教授  豊島 近
E-mail:ct@iam.u-tokyo.ac.jp
Tel:03-5841-8492/Fax:03-5841-8491

<SPring-8についての問い合わせ先>
(財)高輝度光科学研究センター 広報室
E-mail:kouhou@spring8.or.jp
Tel:0791-58-2785/Fax:0791-58-2786