大型放射光施設 SPring-8

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右アミノ酸、左アミノ酸を放射光(軟X線)で初めて識別(プレスリリース)

公開日
2005年05月11日
  • BL23SU(JAEA 重元素科学)
神戸大学は、大型放射光施設(SPring-8)の円偏光放射光を用いて、創薬において基本となる重要な分析技術のヒントとなる、右アミノ酸、左アミノ酸の識別に成功した。

平成17年5月11日
神戸大学

 神戸大学(野上智行 学長)は大型放射光施設(SPring-8)の円偏光放射光を用いて、右アミノ酸、左アミノ酸を軟X線分光で初めて識別しました。得られた結果は創薬において基本となる重要な分析技術のヒントとして期待されます。
 本研究成果は、平成17年5月、科学雑誌 Physica Scripta に「First Observation of Natural Circular Dichroism for Biomolecules in Soft X-ray Region Studied with a Polarizing Undulator(偏光アンジュレータを用いた生体分子の自然円二色性スペクトルの初めての観測)」の題名で掲載されます。

(論文)
"First Observation of Natural Circular Dichroism for Biomolecules in Soft X-ray Region Studied with a Polarizing Undulator"
Masahito Tanaka, Kazumichi Nakagawa, Akane Agui, Kentaro Fujii, Akinari Yokoya

1.背景
 アミノ酸は私たちの体をつくる重要な分子です。アミノ酸には左アミノ酸(L-アミノ酸)と右アミノ酸(D-アミノ酸)とがあり、この性質をアミノ酸はキラリティーをもつ、あるいはキラルである、と言います。キラルな分子であるアミノ酸は、右円偏光左円偏光に対する吸収の度合いが異なる円二色性という性質をもつことで有名です。私たちの体が正常に機能するには、左アミノ酸だけを使う必要があります。だから体の中で合成されるアミノ酸はすべてが左アミノ酸です。同じようにDNAの糖は右分子だけでできています。このように右分子と左分子をきちんと作り分け、使い分けることが生命機能の根幹なのです。ところがビーカーの中で普通の化学反応でアミノ酸をつくると左アミノ酸と右アミノ酸とが半分ずつ出来てしまい、これらをもとにつくった薬には右アミノ酸の薬が半分も含まれてしまいますが、右アミノ酸からつくった薬は多くの場合、薬として作用しないばかりか、ときには害悪をもたらします。このような例として、サリドマイドが有名です。サリドマイドはアミノ酸からつくった薬ではありませんが、アミノ酸と同じように右分子と左分子が存在し、この場合は右分子のR-サリドマイドは鎮静作用があるのに、左分子のS-サリドマイドは奇形を起こして大問題となったのです。
 軟X線は物質との相互作用がつよく、左アミノ酸と右アミノ酸の識別に利用できると考えられている他、不要な右アミノ酸を識別し、優先的に分解することをめざす創薬制御の機能が期待されています。ところがこれまでは測定の困難さのため、生体分子の円二色性が軟X線領域で観測された事例はありませんでした。

2.研究の内容
 今回の実験では、可変偏光アンジュレータという特殊な装置を用いて右円偏光・左円偏光をもつ軟X線を交互に発生させてアミノ酸に入射し(図1実験の概念図を参照)、どのエネルギーでどちら向きの円偏光がどちら向きのアミノ酸によく吸収されるかを調べました。その結果、左アミノ酸が左円偏光をよく吸収するエネルギーでは右アミノ酸は右円偏光をよく吸収しました。また、右アミノ酸が左円偏光をよく吸収するエネルギーでは左アミノ酸は右円偏光をよく吸収しました。まとめると、左アミノ酸と右アミノ酸の吸収は、互いにその大きさが等しく、符号が反対であることがわかりました(図2のセリンというアミノ酸に対する測定結果を参照して下さい)。
 これによって右アミノ酸と左アミノ酸を軟X線放射光を用いて初めて識別できました。これは神戸大学 発達科学部 中川和道教授、日本原子力研究所 安居院あかね研究員、横谷明徳主任研究員らによる成果です。

3.今回の解析方法の特徴
 軟X線の円偏光を人工的に作り出す装置はこれまで存在しませんでした。この実験ではSPring-8原研 重元素科学ビームラインBL23SUに設置された可変偏光アンジュレータという特殊な装置で軟X線の円偏光を作り出し、初めての実験に着手しました。ところがアミノ酸の軟X線領域での円二色性は弱い信号でその検出は困難を極めました。そこで、右円偏光・左円偏光の軟X線を交互に発生させて測定精度を向上させ、検出についに成功しました。

4.期待される波及効果
 これまでの円二色性は可視光や紫外光で測定されてきました。今回、新たに軟X線でも円二色性が検出できたことによって、アミノ酸や生体分子のキラリティーを識別するのに可視光、紫外光、軟X線の情報をあわせて活用できるようになり、より詳細な情報が得られる可能性があります。また、軟X線は物質との相互作用がつよいので、左右アミノ酸の片方を優先的に分解(不斉分解)できる可能性も考えられ、創薬プロセスにおける制御にヒントを与えることになるかもしれません。

上記の成果は、平成17年5月、科学雑誌 Physica Scripta に「First Observation of Natural Circular Dichroism for Biomolecules in Soft X-ray Region Studied with a Polarizing Undulator(偏光アンジュレータを用いた生体分子の自然円二色性スペクトルの初めての観測)」の題名で掲載されます。


<参考資料>

図1 実験の概念図
図1 実験の概念図

 


 

図2 測定結果
図2 測定結果

SPring-8のBL25SUビームラインに設置された高分解能光電子分光測定装置

 


<用語の説明>

1.放射光
 光速に近い速度で運動する電子が磁場によって曲げられるときに発生する電磁波のことです。

2.軟X線
 X線のうち、エネルギーが低く、空気を透過できないX線のことです。

3.円偏光、右円偏光、左円偏光
 光は電場と磁場とが振動しながら進む横波です。電場や磁場が一周期進む間に電場の向きが光の進行方向の軸の周りを一回 回りながら進む光を円偏光といいます。自分に向かって進んでくる光の電場が時計回りのときに右円偏光、反時計回りのときに左円偏光といいます。

4.円二色性
 分子(あるいは一般に物質)は特定のエネルギーの光を吸収します。同じエネルギーの右円偏光と左円偏光を吸収する度合いに差があるとき、その物質は円二色性をもつと言います。

5.左アミノ酸、右アミノ酸
 アミノ基(-NH2)とカルボキシル基(-COOH)をもつ分子をアミノ酸と言います。この図は左アミノ酸(L-アミノ酸)と右アミノ酸(D-アミノ酸)をあらわしています。アミノ基は紙面の奥に、水素(H)は紙面の手前にあり、R-はアミノ酸の種類によっていろいろなものがついています。左アミノ酸(L-アミノ酸)と右アミノ酸とは私たちの左手と右手のように、どのように回転しても裏返しても移動しても重なりあわせることはできません。アミノ酸にはこのように右アミノ酸と左アミノ酸とがあり、生物体内で全く違った働きをします。

amino_acid.gif左アミノ酸( L-アミノ酸 )      右アミノ酸( D-アミノ酸 )

6.キラリティーをもつ、あるいはキラルである
 上の図に示す右アミノ酸と左アミノ酸のように、空間的な配置以外は全く同じ分子のことをキラリティーをもつ分子である、あるいはこの分子はキラルである、といいます。

7.サリドマイド
 鎮静剤として販売された薬品。アミノ酸と同じように右分子と左分子が存在し、この場合は右分子のR-サリドマイドは鎮静作用があるのに、左分子のS-サリドマイドは奇形を起こして大問題となりました。これ以後、右分子と左分子とを含む薬剤の販売にはつよいガイドラインが設けられました。

8.可変偏光アンジュレータ
 周期的に磁石を並べた複数の磁石列の中の軌道をほぼ光速で運動する電子は、磁石の周期数に応じて強い放射光を発生します。これをアンジュレータ放射といいます。磁石列をらせん状に配置すると、得られる放射光は円偏光となります。複数の磁石列の相対位置関係を機械的に変えると、電子の運動を右巻きらせん運動、左巻きらせん運動、直線運動などに切り換えることができ、右円偏光、左円偏光、直線偏光などの放射光を得ることができます。この装置を可変偏光アンジュレータと言います。

9.不斉分解
 右分子、左分子のうちのどちらかを優先的に分解することです。光を使う場合には、分解したい向きの分子がよく吸収する向きの円偏光を照射する方法が用いられます。


<本研究に関する問い合わせ先>
神戸大学 発達科学部
  教授  中川 和道
  〒657-8501神戸市灘区鶴甲3-11
  E-mail:nakagawa@kobe-u.ac.jp
  Tel:078-803-7750/Fax:078-803-7761(共同)

<SPring-8についての問い合わせ先>
(財)高輝度光科学研究センター
  広報室  原 雅弘
  E-mail:hara@spring8.or.jp
  Tel:0791-58-2785/Fax:0791-58-2786

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