大型放射光施設 SPring-8

コンテンツへジャンプする
» ENGLISH
パーソナルツール
 

放射光を用いたガリウムひ素半導体成長モニターの開発(プレスリリース)

公開日
2006年02月21日
  • BL11XU(JAEA 量子ダイナミクス)
日本原子力研究開発機構は、大型放射光施設(SPring-8)の放射光X線を用いて、結晶成長中の半導体表面の原子配列と原子の種類とを同時に特定できる画期的なモニター手法を開発した。これは、原子力機構・量子ビーム応用研究部門・X線量子ダイナミックス研究グループの高橋正光副主任研究員らによる成果である。

平成18年2月21日
独立行政法人日本原子力研究開発機構

 独立行政法人日本原子力研究開発機構【理事長 殿塚 猷一】(以下、「原子力機構」と言う)は、大型放射光施設(SPring-8)の放射光X線を用いて、結晶成長中の半導体表面の原子配列と原子の種類とを同時に特定できる画期的なモニター手法を開発した。これは、原子力機構・量子ビーム応用研究部門・X線量子ダイナミックス研究グループの高橋正光副主任研究員らによる成果である。
 この成果を利用することで、半導体製造過程をより精密に制御できるようになり、携帯電話・無線LAN・光通信・カーナビなどに使われる半導体素子の性能向上や、新素子開発の迅速化が期待できる。
 今回、原子力機構では、半導体素子を作製する結晶成長装置をSPring-8のビームラインに組み込み、結晶成長中のガリウムひ素半導体1)の表面を観察した。従来技術では、白黒の影絵に相当する原子配列の骨格だけが得られていたのに対し、原子力機構では、複数の波長のX線を用い、原子の種類が特定されるカラー画像相当の構造を得ることに成功した。その結果、結晶成長中に現れるc(4x4)と呼ばれる表面2)が、ガリウムとひ素の原子のペアーからできていることが実験的に初めて確認された。
本成果は、米国物理学会の学術誌"Physical Review Letters"の2月8日の電子版及び2月10日の印刷版(第96巻第5号)に掲載された。

(論文)
"Element-Specific Surface X-Ray Diffraction Study of GaAs(001)-c(4×4)"
Masamitu Takahasi and Jun'ichiro Mizuki
Phys. Rev. Lett. 96, 055506 (2006)
Published 8 February 2006

1.背景
 代表的な化合物半導体であるガリウムひ素は、シリコン半導体では得られない高速動作・低消費電力などの特長を持ち、マルチメディア携帯電話端末・無線LAN・高速道路交通システムなど、高度情報処理システム向けに急速に用途を広げている。これらの応用に必要な半導体素子は、超高真空装置を利用した分子線薄膜単結晶作成法(MBE法)、有機金属ガス化学吸着薄膜単結晶作成法(MOCVD法)などによって、基板の上に原子を1層ずつ制御しながら積み上げることで作製されている。すなわち結晶表面が結晶成長のフロントになっており、成長中や成長条件下での表面構造の解析が原子層制御のための重要な知見となる。ところがガリウムひ素成長の舞台となる表面は、ガリウム原子とひ素原子の割合に依存した多様な原子配列を持っていることが知られており、原子配列と原子の種類とを同時に解析できる方法が必要とされていた。

2.実験
 結晶成長フロントである表面構造を正しく観察するためには、結晶成長中、あるいは成長条件下で表面構造を同時に観察する工夫が必要となる。そこで原子力機構では、原子層制御した薄膜単結晶作成法の一つである分子線薄膜単結晶作成法(MBE法)とX線回折計とを一体にした装置を完成させた。化合物半導体であるガリウム原子ひ素の成長とX線回折とを同時に行える装置として、世界で初めて製作された装置である。
 図1の写真および図は、X線回折計と結晶成長装置(MBE装置)とを一体化した装置で、原子力機構 量子ダイナミクスビームラインBL11XUに設置されている。このような実験装置を開発することによって、GaAsのMBE成長中や成長条件下での表面構造を解析することが可能となった。
 実験では、放射光から複数の波長のX線が取り出せることを利用した。ガリウムひ素(001)表面で結晶成長中に現れるc(4x4)と呼ばれる表面は、ガリウム原子とひ素原子とから形成されている。ところが、通常の電子線回折やX線回折では、原子の大きさ(電子の数)しか区別できず、表面真上から見た場合、図2(a)のように見える。この図では、ガリウム原子とひ素原子とをそれぞれの電子の数に比例した大きさの円で描き分けている(表面第1層からさらに奥のほうにある原子は半分の大きさで描いている)。しかし、この図から、どれがガリウム原子でどれがひ素原子なのかを見分けることは困難である。ところが、図3に示すように、複数の波長のX線を使った測定をすることにより、原子の種類を特定した回折強度を得ることができる(X線異常分散法)。これは可視光領域で言えばカラー画像を得たことに相当し、図2(b)のように、原子の種類の違いを明確に区別することができる。この結果、表面第1層の構造が図に示すようなGa原子とAs原子とのペアー(円で囲んだ部分)からできていることを直接観測できた


<参考資料>

図1 実験をおこなった放射光ビームラインの装置(写真と図)
図1 実験をおこなった放射光ビームラインの装置(写真と図)
図1 実験をおこなった放射光ビームラインの装置(写真と図)

 


 

図2 今回観察に成功したガリウムひ素の表面構造
図2 今回観察に成功したガリウムひ素の表面構造
図2 今回観察に成功したガリウムひ素の表面構造

 


 

図3 X線回折強度がX線のエネルギー(波長)でどのように変わるかを測定したデータ
図3 X線回折強度がX線のエネルギー(波長)でどのように変わるかを測定したデータ

赤い線が、ガリウムとひ素のペアーができている場合に期待される変化で、青の線がひ素とひ素のペアーができている場合に期待される変化を表す。実験結果(黒丸)は、赤い線と同じ変化をしている。

 


<用語解説>

1) ガリウムひ素半導体
 ガリウムとひ素からなる化合物で、半導体としての性質を示す。結晶中で電流を伝える粒子の移動する速さが、シリコンの約6倍である。そのため、信号処理を高速でおこなったり、効率よく電流を流したりできる。また、電流を光に変えるときの効率も高い。これらの性質は、携帯電話・無線LAN・光通信・カーナビなどに用いられる半導体素子用として最適であり、近年、使用量が急速に拡大している。

2) c(4x4)と呼ばれる表面
 c(4x4)というのは、結晶の表面に現れる原子配列の特徴を表現するための記号である。結晶は、いくつかの原子からできたある配列が単位となって、それが空間的に繰り返し並んだものである。ところが、表面では、
(1)原子の出入りがありうること
(2)本来結合するべき相手を失った原子どうしが、新しい結合を作ろうとすること
のために、結晶内部とは違う原子の配列が繰り返しの単位になる。表面での新しい原子の配列が、結晶内部での繰り返し単位を基準にして、縦に4倍、横に4倍なら、その構造は4×4構造(4かける4構造)と呼ばれる。「c」というのは、"centered"の略で、原子の配列が単純な正方形や長方形でなく、市松模様的な特徴を持っていることをあらわす。
 表面での繰り返しの単位が、結晶内部の繰り返しの単位の何倍かということや正方形的か市松模様的かということは比較的容易に調べられる。しかし、個々の原子が具体的にどのように配列して4倍周期の市松模様を形成しているかを特定することは、たいへん難しい。


<本研究に関する問い合わせ先>
独立行政法人日本原子力研究開発機構
量子ビーム応用研究部門 放射光科学研究ユニット
 副主任研究員  高橋 正光
 Tel:0791-58-2701

(報道担当)
広報部報道課長  花井 祐  
 Tel:03-3592-2346

<SPring-8についての問い合わせ先>
(財)高輝度光科学研究センター
 広報室  原 雅弘
 E-mail:hara@spring8.or.jp
 Tel:0791-58-2785/Fax:0791-58-2786