大型放射光施設 SPring-8

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高機能フッ素樹脂コーティングの密着性向上メカニズムに迫る SPring-8を使った解析で製品の信頼を後押しする

研究成果 · トピックス

高機能フッ素樹脂コーティングの密着性向上メカニズムに迫る SPring-8を使った解析で製品の信頼を後押しする

メカニズムを解明しないと新技術の信用は得られない

 プラスチックとも呼ばれる合成樹脂は、石油を原料に人工的に作られた高分子化合物です。炭素原子が多く連結した構造になっていますが、炭素以外の原子を付加することで様々な特性を持たせることができるため、産業のあらゆる面で活用されています。中でも、フライパンのテフロン加工や炊飯器の釜の内側などにも使われている「フッ素樹脂」は、私たちにも身近なものです。
 フッ素樹脂は熱や摩擦に強く、薬品に触れても変化しにくいなど様々な便利な性質をもち、コーティング剤として使うと、金属の酸化や変質を防いだり、新たな機能を付加したりすることができます。ただし、フライパンをしばらく使っているとテフロン加工がはがれてしまうことからわかるように、フッ素樹脂コーティングは、「金属との接着性の弱さが長年の課題だった」と住友電気工業株式会社 研究開発本部 解析技術研究センター大阪研究部の久保優吾さんは説明します。
 「弱いといっても調理器具などの用途には十分使えます。ただ、精密さを求められる医療器具や、激しい摩擦や高熱環境で使われる自動車の部品などには、今のフッ素樹脂の性能では不十分でした。そこで、当社は特殊環境下で高エネルギーの電子線を照射することで得られた、フッ素樹脂と金属がより強固に密着したフッ素樹脂コーティングFEX®を開発しました」
 FEX®の金属と樹脂の密着強度は、従来品より最大で23倍に向上したことが実験によって示されました。ところが実用化を進めるためには、この実験結果だけでは不十分だと久保さんたちは考えました。
 「なぜ性能が向上したのかというメカニズムまで突き止めないと、高い信頼性は得られません。特に医療機器や自動車のような人命に関わる製品の部品として安心して使ってもらうためには、その仕組みも解明する必要があったのです」

SPring-8で界面の結合状態を観察する

 久保さんたちはまず、新技術のFEX®を透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)で観察しました。学校の理科室にある一般的な顕微鏡は「光学」顕微鏡です。光学顕微鏡では光を試料に当てて観察をしますが、TEMは光の代わりに電子線を試料に当てる顕微鏡で、光学顕微鏡よりももっと小さい試料の形状や原子の状態に加えて、条件によっては化学結合の様子も知ることができます。
 「金属と樹脂のような性質の違う相の境界のことを『界面』と呼びますが、TEMの観察結果から、金属原子の一部がフッ素樹脂の方に食い込んで、界面の凹凸が増えていることがわかりました。凹凸が増えれば樹脂と金属の接触面積が増えますので、この現象が密着性を高めている理由の1つと考えられました」
 さらに化学結合の状態を観察するために、久保さんたちは試行錯誤を重ねました。しかし、TEMでわかるのはここまででした。結合の状態を観察するためには、高いエネルギーの電子線を細く絞り込んで狭い範囲にあてる必要があり、そうするとフッ素樹脂がダメージを受けて状態が変わってしまうのです。
 次に、久保さんたちはX線に着目しました。X線を使った分析では、試料に与えられるダメージをかなり少なくできます。特に「X線光電子分光法」という手法が、今回の試料の結合状態を観察するのに有効だと考えました。ただし、この方法にも問題がありました。光電子分光法は、物質に光やX線を当てると、物質中の電子が外に飛び出す「光電効果」を利用した分析方法ですが、この方法で観察できる深度にも限界があり、深い場所にあるものは調べることが困難なのです。
 久保さんたちが調べたいのは、金属とフッ素樹脂の間の面ですから表面には露出していません。金属か樹脂のどちらかを薄く作れば、表面の状態に近づき、何とか解析できるかもしれません。では、どのくらい薄くすればいいかというと、通常のX線装置で検出できる深さはたった数nm程度。FEX®を模擬した試料をここまで薄く作ることは技術的に不可能です。
 そこで、久保さんたちはSPring-8を使って解析しようと考えました。SPring-8なら、高エネルギー放射光の利点を生かして20 nmの深さまで検出することができます。数nmの試料は不可能でも、20 nmなら工夫すれば作ることができるかもしれません。

半導体製造プロセスを応用して試料作製の壁を突破

 そうと決まれば、次の挑戦は薄い試料を作ることです。もともと50 µmの厚みがあるFEX®のフッ素樹脂コーティングを、SPring-8で分析できる20 nmの薄さにするのは大変な仕事です。1 nmは0.001 µm。つまり、2500分の1の薄さにする必要があります。
 最初に試したのが金属部分を削って薄くする方法です。しかし、この方法では均一な状態の薄膜を作ることができず、ところどころ下地の樹脂が露出したまだらな構造になって、失敗に終わりました。
 次に行ったのが、図1で示しているような方法です。まず、ヒ化ガリウム(GaAs)という物質で作った基板の上に、二酸化ケイ素(SiO2)の薄い膜を形成します。この土台の上に、金属の薄い膜を形成します。このとき用いた技術が「真空蒸着法」です。これは金属を高温下で蒸発させて気体の状態にし、真空中で基板に堆積させて膜を作る方法で、1 nm刻みで膜の厚さが制御できます。これにより、むらのない20 nmの金属の膜を作りました。次に20 nmの金属の表面をフッ素樹脂でコーティングし、特殊環境下で電子線を照射します。最後に土台部分であるGaAs基板とSiO2薄膜をはがすことでFEX®を模擬した試料を作成することができました。
 このプロセスのポイントは2つです。1つ目は、SiO2とGaAs基板がはがれやすいことです。そのため、GaAs基板、SiO2薄膜、金属薄膜、フッ素樹脂という4つの層が重なっている状態で、上下を反転させてGaAs基板をSiO2からはがすことができました。 2つ目のポイントは、SiO2がフッ素樹脂や金属に比べて比較的加工しやすいことです。そのため、 SiO2だけを特殊な処理で除去することできました。 これら2つのプロセスによって土台が取り除かれ、金属面が20 nmの薄さの試料ができあがりました。 これならSPring-8で解析可能です。しかも、金属と樹脂の接着部分は空気に触れない状態で作られているため、 より製品の実態に近い模擬試料です。
 このような画期的なアイデアが生まれた理由を、久保さんは次のように語ります。
 「これらの技術は半導体製造プロセスを応用したものでした。もし当社が樹脂だけを単独で取り扱っているメーカーだったとしたら、このようなアイデアのミキシングは起こらなかったかもしれません。 住友電工には多岐にわたる分野の研究所がありますが、それぞれの横のつながりが強く、人の行き来が結構あります。別の部署の専門知識を持った人が異動してくることもよくあります。今回の試料作製もチームの中に半導体を扱った人がいたことが成功の要因のひとつだったと思います」

図1 試料作製方法
図1 試料作製方法

原子同士の新たな結合が 界面密着性を向上させていた

 ようやくSPring-8で解析可能な薄さになったFEX®の模擬試料を用いて、久保さんたちは硬X線光電子分光(HAXPES)という手法でSPring-8の分析を行いました。硬X線とは、高いエネルギーのX線のことで、使ったビームラインはBL16XUBL46XUです。
 図2に鉄とフッ素樹脂の界面を調べた結果を示します。HAXPESでは、光電子の検出角を制御することで観察する深さを調整できますが、界面情報を持つ30度と80度のところで、炭素(C)と酸素(O)と鉄(Fe)の結合が生じていることを示すピークが観察されました。この角度が小さいほど界面情報が多くなりますが、80度の結果に比べて30度の方がこのピークの相対強度が大きくなっていることがわかります。
 炭素はフッ素樹脂に多く含まれている元素です。また酸素は鉄の表面に生じる酸化膜の成分です。この結果から、金属と樹脂の間で原子同士の結合が生じ、そのことで密着性が増している可能性が強く示されました。
 このメカニズムについて、久保さんは次のように説明します。
 「ほかの実験の結果から、FEX®ではフッ素樹脂の中のフッ素が鉄側に拡散し、逆に鉄の原子がフッ素樹脂側に拡散する現象が起きていることがわかっています。フッ素や鉄が抜けたことによって、それらと結合していた炭素と酸素の結合の手が余り、炭素と酸素の結合が生じたのではないかと考えています」
 今回の記事では取り上げていませんが、FEX®は耐摩耗性についても従来品より1000倍向上しています。このメカニズムについても、フッ素樹脂内で炭素同士の結合が生じていることが理由だと考えられ、他の研究結果とも矛盾しません。
 性能向上のメカニズムを明確にしたことで、製品の信頼性はさらに高まりました。今後は、「医療機器や自動車などの分野でFEX®の利用拡大に貢献していきたい」と久保さんは話します。さらに、今回開発した分析方法を使って様々な金属や樹脂の界面を調べれば、より高性能な材料の開発につながることでしょう。

図2
図2 SPring-8を用いたHAXPES分析結果θ= 30°(赤)とθ=80°(青)はどちらも界面の情報を表す。80°はフッ素樹脂に近い場所となり、 界面情報はより浅い30°の方に多く含まれている。

図3
図3 電子線照射により新たな結合が生まれフッ素樹脂と鉄の界面の密着性が向上した


コラム

「モノづくりを支援する解析技術研究の面白さ」

久保さんの所属する解析技術研究センターは、住友電工グループのモノづくりを支える重要な部署です。今の仕事の醍醐味を尋ねてみると、こんな答えが返ってきました。
 「分析部門では、直接製品を作ることは行いませんが、確かな分析技術で製品の性能を保証したり向上させたりすることで、様々な製品を世に送り出すことができます。扱う製品や課題も多いため、いろいろな部署の人たちとやりとりができて勉強になります。大学でも共同研究などを行って複数の人たちでプロジェクトを進めることもありますが、メーカーでの研究は、製造や市場のことまで考える分、より多様な観点が必要で、そこに面白さを感じています」
 もともと数学と世界史が好きだった久保さんは、環境問題に興味をもち、環境化学が学べる応用化学科に入学しました。「あまり脈絡がなくてすみません」と笑う久保さんですが、世界で使われている材料の性能を追究する今の仕事は、久保さんのこれまでの興味がすべて生かされているのかもしれません。

住友電工大阪製作所の前で、久保さん

住友電工大阪製作所の前で、久保さん

文:チーム・パスカル 寒竹 泉美


この記事は、住友電気工業株式会社 研究開発本部 解析技術研究センター 久保 優吾 さんにインタビューして構成しました。