大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8 NEWS 38号(2008.5月号)

目次

研究成果・トピックス
「偏光」を発するディスプレイ材料を開発

行事報告
韓国POSTECH学生の「武者修行プログラム」
中東の放射光施設からSPring-8へ -SESAME(セサミ)視察団が来訪-

実施した行事

今後の行事予定

SPring-8 Flash
SPring-8を使った研究の受賞情報!
・平成19年度科学技術分野の文部科学大臣表彰(研究部門)を2つの研究グループが受賞しました。

偏光発光体の拡大図
偏光発光体の拡大図

研究成果・トピックス

「偏光」を発するディスプレイ材料を開発

のぞき見なんてさせない

 他人に携帯電話の画面を見られるのは、あまりいい気がしません。それを防ぐため、これまでは、横から見えないようにのぞき見防止シートを貼らなければなりませんでした。しかし近いうちに、わざわざそんなことをしなくてものぞき見されない画面ができるかもしれません。
 その基となる技術を開発したのは、青山学院大学理工学部の長谷川美貴准教授、および財団法人高輝度光科学研究センター、独立行政法人理化学研究所、旭化成株式会社の共同研究グループです。長谷川准教授は、分子を並べる方法を用いて、特定の向きの光しか発しない「偏光発光体」を世界で初めて発見しました。これを使って、正面だけに光を発するようにすれば横からは見えなくなり、のぞき見を防ぐことができます。
 この技術は今後、銀行端末ディスプレイや高速光通信などの、高い安全度が要求されるあらゆる場面で使われる可能性があります。

自然界にチャレンジ!

 長谷川准教授があらたに開発した偏光発光体は、これまでの技術と何が違うのでしょうか。まず、「発光」(ディスプレイ材料)と「偏光」(のぞき見防止シート)に分けられていた機能を一つにしました。それによってデバイスが単純化されるため、製造工程を減らすことができ、薄膜化が可能になります。また、この材料からは、2つの偏光を同時に発光させることができます。つまり今後の研究次第で、一つの画面から複数の映像を同時に出すことができるのです。
 偏光発光体は、発光分子、希土類金属*、界面活性剤*の3つからできています。界面活性剤を何層か重ねた膜のことを、一般に「ラングミュア&ブロジェット膜(LB膜)」(図1)といいます。長谷川准教授は、希土類金属と発光分子を組み合わせることで、LB膜に特殊な性質を持たせたのです。
 このLB膜に着目したところに、長谷川准教授の研究に対する姿勢が表れています。「自然界にチャレンジ!」これが准教授のモットーです。「LB膜は、“人間の手”で分子一つ一つを制御して作ります。それに、この膜は液体でも結晶でもない“不自然”な状態なんです」と、自然にないものを作り出すところに魅力を感じると言います。

図1. ラングミュア&ブロジェット(LB)膜図1. ラングミュア&ブロジェット(LB)膜。界面活性剤の単分子膜を石英板に積み重ねた、結晶ではないが規則性のある固相。超純水の表面に界面活性剤の溶液を浮かべ、(1)石英板を垂直に沈めると1層目ができ、(2)石英板を上げると2層目ができる。これを繰り返せばLB膜を厚くすることができる。

光の向きや色まで変える

 偏光発光体は、図2のような形をしています。これは、SPring-8のビームラインBL02B2を使ったX線構造解析で明らかになりました(図3)。
 カギとなるのは、見事な正三角形をしている発光分子のメレム(図4)です。これは、針状に界面活性剤が並んでいるすき間に挟みこまれています。「メレムが発光することは2006年に私たちが発見していたので、これを使ってみようと思ったのです」と長谷川准教授。メレムは、LB膜の中で溶液でも固体でもない特殊な環境におかれると、偏光を発するのです(偏光については図5参照)。
 希土類金属にはさまざまな役割があります。今回は、長谷川准教授が以前から注目していたプラセオジム(Pr、原子番号59番)とユウロピウム(Eu、63番)を使いました。役割の一つは、希土類金属の磁石のような性質を利用してメレムの電子を偏らせて、偏光の向きを変えることです。
 図2のように、0°偏光を入れると、通常であればそのまま0°の光が出てきますが、同時に、希土類金属の影響で波の向きが30°回転した光も出てくるのです。しかも、0°偏光は波長が375nm(ナノメートルは100万分の1mm)で黄色を示すのですが、30°偏光は波長が405nmに引き伸ばされてオレンジ色を示します。つまり、この偏光発光体によって光の色まで変えることができるのです。
 これらの事実は、SPring-8のビームラインBL02B2を使った実験で明らかになりました。LB膜は、界面活性剤を10層重ねた厚さ約270Åのものを使いました。とても薄い膜(分子が少ない)なので、非常に明るい放射光でなければ正確に測定できないのです。実際にこのLB膜では、研究室のX線回折装置では光が弱く測定が困難でした。しかし、SPring-8の高輝度放射光を用いると、高い精度の測定結果が得られました。

図2. 偏光発光体の拡大断面図図2. 偏光発光体の拡大断面図。図の左から0°に偏光し、紫外線を当てるとLB膜から0°と30°の偏光角を持つ複数の光が発せられる。
図3. a)は偏光発光体b)は希土類金属と界面活性剤のみのLB膜図3. b)は希土類金属と界面活性剤のみのLB膜。X線構造解析(右のグラフ)により、プラセオジム(Pr)が規則的に並んでいることがわかる。a)は偏光発光体。三角形をしたメレムが規則性をもって取り込まれている。
図4. 正式名はトリアミノ-トリ-s-トリアジン図4. 正式名はトリアミノ-トリ-s-トリアジン。おもに高分子原料として合成されているメラミン樹脂の一種。旭化成株式会社研究開発センターにより、効率のよい合成法が開発された。2006年に長谷川准教授のグループが発光を発見し、希土類錯体の合成とその発光機構を解明した。
図5. 偏光は、光が波の性質を持つために表れる現象図5. 偏光は、光が波の性質を持つために表れる現象。偏光子を透過できる光と透過できない光がある。左は偏光子と垂直なため光が通らない。右のように限られた向きの光だけが通過して、偏光となる。

作るにはコツがいる

 この偏光発光体を作るには、職人技ともいえるコツが必要です。メレムを超純水に溶かし、その水面に、希土類金属と界面
活性剤がゆるく結合した分子をたくさん、しかし薄く浮かべます。ここが難関です。一気に入れてしまうと水の表面に浮かばないので、ピペットの先からしずくをそっと水面にのせるようにしなければなりません。長谷川准教授は「慣れないと、ピペットを持つ手が震えますね」と語ります。また、ごみが入るときれいなLB膜が作れませんし、温度や振動も関係するので細心の注意が必要です。
 ここまで準備したら、あとはLB膜を作る作業と同じです(図1参照)。4cm×1cmの小さな石英板を毎分2cmの速さでゆっくり上下させて、偏光発光体を作っていきます。慣れた人でも一つの試料をつくるのに2日はかかるそうです。作るのは大変ですが、一度作ってしまえば引っかいたりしない限り壊れません。扱いが簡単というのは、いろいろな作業がしやすいのでたいへんに重宝します。

広がる発光体研究

 大きな発見をした長谷川准教授ですが、「まだやらなければならないことはいっぱいあります」と言います。
 今回発見した偏光発光体は30°偏光しますが、その理由がまだわかっていません。原因を追究することで、偏光の角度を制御できるようになるかもしれません。さらに、いまはまだ0°偏光と30°偏光の強度比が制御できていません。他にも、界面活性剤分子の長さを調整して膜の厚さを変えてみたり、他の希土類金属を試したり、石英板を窒化ケイ素(SiN)といった素材に変えてみたりして調べる必要があります。また、さらに3本のビームライン(BL01B1BL25SUBL39XU)を利用して、LB膜の本質に関わるデータを取り始めています。
 「いろいろな金属や界面活性剤を組み合わせてみようと思っています。どんな性質を持った発光体ができるか楽しみです」と長谷川准教授は、生き生きと今後の展望を語ってくれました。

コラム 遊び心を忘れない

 長谷川准教授の研究室は、遊び心で満ちあふれています。まず目に付くのがさまざまな周期表グッズ。机の上には積み木のインテリア、壁のポスター、絵本、パソコンのスクリーンセイバー、そして手にしたマグカップ(しかも4つ)! さすが、「私、周期表マニアなんです」と公言するだけのことはあります。
 自然科学に対してはあくまでも真摯に、しかし遊び心を決して忘れない。その姿勢がたくさんの面白いアイデアを生み出しているのかもしれません。これからの活躍に期待です。
長谷川准教授

取材・文:サイテック・コミュニケーションズ

用語解説

● 希土類金属
原子番号57番のランタン(La)から71番ルテチウム(Lu)までのランタノイドに、21番スカンジウム(Sc)、39番イットリウム(Y)を加えた17種類の金属元素を指す。レーザー素子や永久磁石などの原料として用いられている。
● 界面活性剤
洗剤や石鹸などによく使われる、親水性と親油性を併せ持つ物質。この研究では、ろうそくの原料にもなるステアリン酸を使っている。


この記事は、青山学院大学理工学部化学・生命科学科の長谷川美貴准教授にインタビューをして構成しました。

行事報告

韓国POSTECH学生の「武者修行プログラム」

 本年早春の2月13日(水)、Pohang University of Science and Technology(韓国、POSTECH)の物理学部に在籍するLee Huijea君とSeo Seung-Woo君とがSPring-8を訪れました。同大学では、「学生自らが海外の先端的な研究所等、主要な施設と接触し、訪問の約束を取り付けて、海外に赴く」という、いわば、「武者修行プログラム」を実施しています。両君は、約2週間の旅程で、SPring-8、京都大学、KEK、東京大学、理化学研究所等を訪問する計画を立てました。SPring-8は、両君にとって最初の訪問先となりました。午前中に到着した両君は、広報室にてSPring-8の概要説明を受けた後、施設見学を行い、午後からは孫珍永氏(産業利用推進室)とより専門的な質疑を行った後、次の訪問先である京都大学に向けて元気よくSPring-8を後にしました。ささやかながら、隣国の教育プログラム、そして人材育成に貢献できたとすれば誠に幸いと考えます。

韓国POSTECH学生と鈴木研究調整部長(右)韓国POSTECH学生と鈴木研究調整部長(右)

中東の放射光施設からSPring-8へ -SESAME(セサミ)視察団が来訪-

 現在、世界では日本以外に、アジア、オセアニア、アメリカ、ヨーロッパの各地に次々と放射光施設が建設されています。中東地域にも、ヨルダンに「開けゴマ!(Open Sesame!)」に因み、SESAME(セサミ)と名付けられた放射光施設が、日本の協力により2003年に建設が開始され2009年には運転が予定されています。また、ワークショップに研究者・技術者を派遣し技術交流も行ってきました。そのセサミから3月27日に視察団団長:Awni Hallak教授(ヨルダン)をはじめとする、Engin Ozdas教授(トルコ共和国)、Hamed Tarawneh氏(ヨルダン)、Muhammad Yousef氏(エジプト)、Walid Abu El-Soud氏(エジプト)がSPring-8を訪れました。(財)高輝度光科学研究センターの吉良爽理事長、高田昌樹利用研究促進部門長、(独)理化学研究所播磨研究所の石川哲也放射光科学総合研究センター長らから施設の概要説明を受けた後、利用研究、施設運営などについて意見を交換し、今後の研究協力について懇談しました。そして、SPring-8、XFEL/SCSS、建設中のXFEL施設の見学を楽しまれました。視察団の一員のE.Ozdas教授と高田部門長は、日本で壽榮松前所長が開催されたサッカーボール型分子フラーレンの研究に関する国際ワークショップで出会い、ほぼ同時期にNatureに論文を発表するなど、しのぎを削っていたライバル同士でした。今回の視察で偶然にも12年ぶりの再会を果たすというハプニングもありました。11月には、SPring-8からヨルダンで開催されるワークショップに数名の研究者が派遣される予定です。SPring-8、SESAMEの両放射光施設の発展に寄与する活発な議論が期待されます。

SESAME視察団と石川センター長、高田部門長、櫻井吉晴グループリーダーSESAME視察団と石川センター長、高田部門長、櫻井吉晴グループリーダー

実施した行事

● 4月27日 第16回SPring-8施設公開
 3,590人の来場がありました!多くの方にご来場いただきありがとうございました。

今後の行事予定

●5月20日~23日 The 3rd International Conference on Dimond for Modern LightSources(淡路夢舞台国際会議場)
●6月2日~6日 トライやるウィーク 上郡中学校の生徒を受け入れます
●7月11日~14日 第8回SPring-8夏の学校(SPring-8)

SPring-8 Flash

SPring-8を使った研究の受賞情報!

平成19年度科学技術分野の文部科学大臣表彰(研究部門)を2つの研究グループが受賞しました。

*科学分野の文部科学大臣表彰は科学技術に関する研究開発、理解増進等において顕著な成果を収めた者に授与されます。

受賞者:難波孝夫教授(神戸大学大学院理学研究科)、木村真一准教授(自然科学研究機構分子科学研究所)
受賞内容:「高輝度赤外放射光の開発と物質科学への利用研究」

 赤外・テラヘルツ(遠赤外)線を用いる分光分析・顕微分析技術は、基礎科学から犯罪捜査に至るまで幅広い分野で重要な役割を果たしています。しかしながら、従来の赤外・テラヘルツ分光は微小試料や長波長での実験研究に不向きでした。
 この研究成果では、従来の光源より高輝度なシンクロトロン放射光が赤外・テラヘルツの光源として利用可能なことを分子科学研究所に建設した赤外ビームラインで世界最初に検証さらにSPring-8に実用的な赤外ビームラインを建設しました。また、赤外放射光利用のための専用観測システムを世界に先駆けて開発し、高圧下の赤外・テラヘルツ分光、赤外磁気円偏光二色性、低温・高圧・高磁場下の多重極限環境下での赤外分光などの分光法を開発し、物質科学に新しい情報をもたらしました。また、物質科学にとどまらず生命科学をはじめとして多くの研究分野で有用であり、世界的な赤外放射光利用研究の普及へと発展しています。


受賞者:大門寛教授(奈良先端科学技術大学院大学)、松井文彦助教(奈良先端科学技術大学院大学)、
    松下智裕主幹研究員(財団法人高輝度光科学研究センター)、郭方准研究員(財団法人高輝度光科学研究センター)

受賞内容:「円偏光放射光を利用した立体原子写真法の研究」

 原子構造を直接立体的に見る事は、人類の夢の一つであり、また材料開発や個体の研究の出発点です。これまで原子構造の解析は電子顕微鏡やX線等の回折を利用して解析してきましたが、これらの手法では原子配列の三次元構造を直接見る事はできませんでした。この研究ではSPring-8の円偏光なエックス線を試料に照射して、飛び出した光電子の放出角度分布を「二次元表示型球面鏡分析」で一度に測定することにより、ゆがみのない原子配列の立体写真を直接得ることに成功しました。その成果により、銅、グラファイト、ダイヤモンドなどの結晶や薄膜など多くの試料の原子配列立体写真が撮影されてきています。最近では測定時間が短くなり、ゆっくりした原子の動きを見る事も可能になりつつあり、今後触媒反応解析などの化学分野や、DVDなど原子配列が重要な材料開発、分析に大きなインパクトを与えようとしています。

科学技術週間特別行事の一環として4月15日に表彰式が行われた。科学技術週間特別行事の一環として4月15日に表彰式が行われた。
受賞した(左から)松井助教、松下主幹研究員、大門教授、郭研究員。
最終変更日